日影の規制ってなに?
ある日突然大きい建物が隣に建って、終日日影になったら嫌だよね?
だから一部の地域では、日影規制が定められているんだ。
はじめに
不動産業界や建築に関わる方々にとって、日影規制は重要なポイントですが、正確に理解することは難しいと思います。本記事では一級建築士が日影規制について分かりやすく説明します。日影規制の基本を理解し、より良い建築物の計画や不動産の資産計画に役立てましょう。
スポンサーリンク第1章 日影規制の成り立ち
日影規制(にちえいきせい・ひかげきせい)とは、「日影による中高層の建築物の制限」を指します。一年を通して最も日照時間の短い冬至の日(12月22日ごろ)を基準とし、一定時間以上の日影が生じないよう、建物の高さを制限するものです。一定時間以上の日影を規制するということは、周囲の敷地に対して日照確保を担保し、全体的に良好な住環境を確立させます。
一番日照条件の厳しい『冬至』だよ!
日影規制制定について
日影規制が制定されたのは、1976年(昭和51年)の建築基準法改正時です。今でこそ日影規制は当たり前になっていますが、実は制定から50年も経過していません。ここでは、制定された背景を解説します。
1960年代後半から高層マンションが増える
日影について法整備された1970年代付近は、施工技術向上による高層建物(主にマンション)の建設ラッシュが発生しました。これらの高層化により、影の影響はより深刻化していきます。当然、周辺環境は日照条件が乏しくなり、住環境の悪化へと繋がります。そしてある裁判で日影規制の制定のきっかけとなります。
1972年 日照通風妨害による損害賠償請求が成立
1972年6月27日、日照及び通風に関して最高裁判所が認める判決を出しました。下記参照。
原審裁判年月日
昭和42年10月26日判示事項
隣接居宅の日照通風を妨害する建物建築につき不法行為の成立が認められた事例裁判要旨
裁判所 裁判例結果詳細 事件番号 昭和43(オ)32
居宅の日照、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益であつて、法的な保護の対象にならないものではなく、南側隣家の二階増築が、北側居宅の日照、通風を妨げた場合において、右増築が、建物基準法に違反するばかりでなく、東京都知事の工事施行停止命令などを無視して強行されたものであり、他方、被害者においては、住宅地域内にありながら日照、通風をいちじるしく妨げられ、その受けた損害が、社会生活上一般的に忍容するのを相当とする程度を越えるものであるなど判示の事情があるときは、右二階増築の行為は、社会観念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し、不法行為の責任を生ぜしめるものと解すべきである。
ここで日照権という言葉が一般的になります。
スポンサーリンク日照権について
日照権とは、一般的に「建物への日当たりを確保する権利」を指します。
日本国憲法第13条に定める幸福追求権を法令根拠とする権利です。日照権に法的定義はない為、一般的な認識に留まります。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
昭和二十一年憲法 日本国憲法
日照権確保の為、建築基準法が改正される
以上の背景を踏まえ、良好な住環境の構築や日照権確保を目的とし、1976年(昭和51年)の建築基準法改正により日影規制が制定されます。次の章では、建築基準法上の日影規制について解説します。
参考 日影規制年表まとめ
西暦 (年) | 和暦 (年) | 事項 |
---|---|---|
1959 | 昭和36 | 特定街区制度の創設 |
1970 | 昭和45 | 住専地域の北側斜線制限の創設 都市計画法で、絶対高さを廃止し、容積率制度を全面採用 |
1972 | 昭和47 | 最高裁(日照権損害賠償請求事件)で日照・通風が法的保護の対象となることが判断される |
1973 | 昭和48 | 建築審議会 日照基準専門委員会の中間報告 |
1976 | 昭和51 | 建築基準法改正(日影規制) |
1977 | 昭和52 | 日影規制施行 |
1997 | 平成9 | 高層住居誘導地区制度の創設 |
2002 | 平成14 | 日影規制改正(測定面6.5m追加)、都市再生特別地区制度の創設 |
第2章 日影規制の規制内容について
日影規制は、「周辺住民の日照確保の為、計画建物が周辺敷地に落とす影の時間を一定以下に抑えることを定めた規制です。」日影になる時間に制限を設けることで、建物高さを制限しています。
日影規制対象の用途地域について
商業地域・工業地域・工業専用地域は、対象外となります。それ以外は、対象地域となります。
日影規制は、良好な住環境構築を主目的としている為、住居が建築される用途地域に限られます。
あくまで『良好な住環境』に対しての規制なんだね!
そうなんだ!
用途地域の理解が不足している時は、この解説記事も読んでおいてね!
対象建築物と規制概要について
建築基準法では、各用途地域毎の日影規制の数値が決められています。
下記の表は、用途地域毎の規制内容をまとめたものです。規制値については、各自治体によって具体的な規制値が定められています。必ず所管行政庁に確認をしましょう。
用途地域 | 制限を受ける建築物 | 平均地盤面からの高さ(m) | 規制日影時間 5m≦L<10m | 規制日影時間 10m≦L |
---|---|---|---|---|
第一種低層住居専用地域 | 軒の高さが7mを超える建築物または地階を除く階数が3以上の建築物 | 1.5 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
第二種低層住居専用地域 | 軒の高さが7mを超える建築物または地階を除く階数が3以上の建築物 | 1.5 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
第一種中高層住居専用地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
第二種中高層住居専用地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
第一種住居地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 4 or 5 | 2.5 or 3 |
第二種住居地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 4 or 5 | 2.5 or 3 |
準住居地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 4 or 5 | 2.5 or 3 |
近隣商業地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 4 or 5 | 2.5 or 3 |
準工業地域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 or 6.5 | 4 or 5 | 2.5 or 3 |
田園住居地域 | 軒の高さが7mを超える建築物または地階を除く階数が3以上の建築物 | 1.5 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
用途地域の指定のない区域 | 軒の高さが7mを超える建築物または地階を除く階数が3以上の建築物 | 1.5 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
用途地域の指定のない区域 | 高さが10mを超える建築物 | 4 | 3 , 4 or 5 | 2 , 2.5 or 3 |
冬至の日影で検証する
1年を通し、最も日照時間が短い冬至日の8時~16時(北海道のみ9時~15時)の間の日影の落ち方で検証がなされます。
日影規制の表記のルール
日影規制の表記は、下記のように表記されることが多いです。
※数値は仮であり、各エリアによって異なります。
4−2.5h / 4m
「〇〇(時間)」ー「〇〇(時間)」/ ○m(高さ)
「4ー2.5h」の意味
4の意味
敷地境界線から5m以上10m未満のエリアに、4時間以上継続した日影が落ちないこと
2.5の意味
敷地境界線から10m以上のエリアに、2.5時間以上継続した日影が落ちないこと
POINT 日影規制は、継続的な影が対象!一瞬の影は考慮不要!
日影規制は、総時間量で規制がかかります。今回の例ですと、2.5時間若しくは4時間以上の継続した影を落とすことに対して規制をかけています。言わば継続的な総量での規制となりますので、規制時間未満の一時的な影は問題にはなりません。
「4m」の意味
影を測定する高さを示しており、平均地盤面からの高さになります。
4mは、一般的な住宅でいう2階の窓の中心高さに相当します。これは地面に落ちる影の影響ではなく、建物内の人に日照が確保できているかを基準としている為です。測定面の高さは、各地方自治体によって異なる数値が定められています。他にも1.5m(1階の窓高さ想定)と6.5m(3階の窓高さ想定)が御座います。
数字の根拠を理解すると忘れにくいね!
第3章 実際の現場でのトラブルを未然に防止!こんな時どうすれば?
敷地によっては、イレギュラーな条件で検討をする場合が多いです。よくある疑問やトラブルについてこの章では、解説を行います。
敷地が属する用途地域が日影対象外の場合
敷地が属する用途地域が日影規制対象区域外でも、建物の影が他の用途地域に落ちる場合、他の用途地域の規制が適用されます。特に高い建物を計画する際は、周辺の用途地域も要確認です。
複数の日影規制対象エリアにまたがって影を落とす場合は?
建物の日影が複数の日影規制地域に落ちる場合は、影が落ちる地域の規制に従います。規制の易しい地域のものを全てに適用する訳ではありません。
敷地に複数の建物がある場合は?
1敷地に2以上の建築物がある場合、1つの建築物として日影規制が適用されます。つまり全ての建物に対して日影検証をする必要が御座います。
スポンサーリンク第4章 日影図の種類
日影図には大きく2つの種類が御座います。ここを押さえておけば、規制の仕組みが理解できます。
時刻日影図(黄色の線)
時刻日影図は、日影規制の遵法性検証が不可!補助的な利用がメイン!
建築物が、冬至日の日に測定面に落とす影を時刻毎にプロットした図面です。通常は、30分若しくは1時間毎の影の形状をプロットします。上記のイメージは、1時間毎にプロットしたイメージ図となります。
注意すべきは、時刻日影図は、日影規制の適合判定ができません。なぜなら日影規制は、一定時間以上の継続的な影が対象だからです。その為、特定した時刻の影の検証に利用します。地域毎に異なる影倍率の確認や、影の形状に誤りがないかなど補助的な利用が多いです。
等時間日影図(水色の線)
等時間日影図=日影規制適合判定となる!
建築物が、冬至日に測定面に落とす影の中で、日影になる総時間が等しい地点を結んだ図面となります。等時間日影図のクリア=日影規制クリアとなります。例えば、上記の図は水色の線が二つ御座います。外側が、2.5時間の継続的な影の範囲を示します。内側の水色の線は、4時間を指します。
※一部例外として、複雑な形状の場合、特定時間線の外側に、特定時間より長時間の日影が形成される場合があります。(島日影)
等時間日影図は、どう見ればよいの?
下記条件を全て満たす場合、日影規制クリアと言えます。
<凡例>
赤:敷地境界線 緑:5mライン 紫:10mライン
橙:等時間日影線(2.5h) 水色:等時間日影線(4h)
第5章 おすすめの日影検証ソフト
日影規制の検証は、情報が揃えば手書きでも検証が可能ですが、正確性に欠けます。実際に業務でボリュームチェックをする場合には、手書きであたりをつけてからPCで検証を行います。
初心者の方は、PCのソフトで勘所をつけることを推奨します。この章では、実際に業務利用している日影検証ソフトをご紹介致します。
① ADS(生活産業研究所)
日影検証のソフトウェアと言ったら、まずは「ADS」です。絶大なシェア率を誇る生活産業研究所のソフトウェアです。導入コストが高いのが難点ですが、操作性とユーザーサポートは、ピカイチです。スタンドアローンでの利用に留まらず、CADやBIMとの連携も可能で、操作マニュアルやチュートリアルも無料で配布しているので、万人が使いやすい仕様となっています。
BIMソフトとの連携も手厚いです。特にユーザーの多いRevit(Autodesk)のプラグインは、非常に便利です。日本のBIM利用は、海外と比較して遅れていますが、積極的なBIM利用を国が推進していますので今後はより一般的になることでしょう。
② Shadow planner(GRAPHISOFT)
Archicad(BIM)上で利用できる日影検証機能「shadow planner」です。BIMソフト上で同じ会社が提供する日影機能は安心でいて便利です。
スポンサーリンク③ Jw_cad
通称「JW」のCADソフトウェアです。何と言ってもフリーソフトで日影検証ができる優れたソフトです。コストメリットの大きさから、設計事務所などで多く利用されている印象です。
参考 建築基準法第五十六条の二(日影規制)
(日影による中高層の建築物の高さの制限)
昭和二十五年法律第二百一号 建築基準法
第五十六条の二 別表第四(い)欄の各項に掲げる地域又は区域の全部又は一部で地方公共団体の条例で指定する区域(以下この条において「対象区域」という。)内にある同表(ろ)欄の当該各項(四の項にあつては、同項イ又はロのうちから地方公共団体がその地方の気候及び風土、当該区域の土地利用の状況等を勘案して条例で指定するもの)に掲げる建築物は、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時まで(道の区域内にあつては、午前九時から午後三時まで)の間において、それぞれ、同表(は)欄の各項(四の項にあつては、同項イ又はロ)に掲げる平均地盤面からの高さ(二の項及び三の項にあつては、当該各項に掲げる平均地盤面からの高さのうちから地方公共団体が当該区域の土地利用の状況等を勘案して条例で指定するもの)の水平面(対象区域外の部分、高層住居誘導地区内の部分、都市再生特別地区内の部分及び当該建築物の敷地内の部分を除く。)に、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超える範囲において、同表(に)欄の(一)、(二)又は(三)の号(同表の三の項にあつては、(一)又は(二)の号)のうちから地方公共団体がその地方の気候及び風土、土地利用の状況等を勘案して条例で指定する号に掲げる時間以上日影となる部分を生じさせることのないものとしなければならない。ただし、特定行政庁が土地の状況等により周囲の居住環境を害するおそれがないと認めて建築審査会の同意を得て許可した場合又は当該許可を受けた建築物を周囲の居住環境を害するおそれがないものとして政令で定める位置及び規模の範囲内において増築し、改築し、若しくは移転する場合においては、この限りでない。
2 同一の敷地内に二以上の建築物がある場合においては、これらの建築物を一の建築物とみなして、前項の規定を適用する。
3 建築物の敷地が道路、川又は海その他これらに類するものに接する場合、建築物の敷地とこれに接する隣地との高低差が著しい場合その他これらに類する特別の事情がある場合における第一項本文の規定の適用の緩和に関する措置は、政令で定める。
4 対象区域外にある高さが十メートルを超える建築物で、冬至日において、対象区域内の土地に日影を生じさせるものは、当該対象区域内にある建築物とみなして、第一項の規定を適用する。
5 建築物が第一項の規定による日影時間の制限の異なる区域の内外にわたる場合又は建築物が、冬至日において、対象区域のうち当該建築物がある区域外の土地に日影を生じさせる場合における同項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。
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おわりに
日影規制は、建築や都市計画において住環境の質を確保するために欠かせない要素です。特に住宅が密集する都市部では、日影による影響が住民の生活に直結するため、正確な理解と計画が求められます。本記事では日影規制の基本から、その具体的な内容や検証方法までを解説しました。今後の建築計画や不動産の資産管理に役立てていただければ幸いです。日影規制を正しく理解し、住みよい環境づくりに貢献していきましょう。